ブログ周りにある機能を手さぐりに使ってみる。背景が付けることが出来たり、マイブログの丸の中に写真を入れたりできました。
メインとサブ?私のブログは書き出したのがメインというブログではない方に書いているけど何か違いがあるのか?引っ越した方が良いの?分からず仕舞い。
さて、前回は1998年まで書きました。
今となっては私の自立するための試金石だったのかもしれません。
父の葬儀の頃は、冬季五輪(長野オリンピック)が開かれていた期間と重なります。
思い返してもこの時は虚無感というものでしょうか、地に足がついていないような時間を過ごしていました。
生まれてからずっと一緒に生活していた人が予定もなく突然居なくなる。
この衝撃的な事実を受け止められていない時間でした。
オリンピックもテレビをつけて視聴していたけど全く頭に入ってきませんでした。
祖父が5年前に亡くなり、父が亡くなり、1998年春から祖母と母と弟の4人家族に減りました。
この頃はバブル経済崩壊もはっきりして、山一倒産、不良債権、住専問題と金融不安へ向かう時代も相まって不安な気持ちになりました。
そうは言っても時は過ぎるわけで、時間と共に人間は慣れて行くもんだと思いました。
当時は独身27歳の会社員です、自分の能力を高めたい欲求もありました。
約30年の月日が経ち自分も若い時は期待を超えたいという熱い思いもあったのだと思い出されます。
若気の至りもあり、若者らしく向上心もあり、たどり着いた先が今なのです。
こうして自分史を書いていると高校から社会人になるまでのおよそ6年間は親の庇護のもと甘えに甘えて無駄に過ごした時間でした。
一般的には学生時代の人生の中でも輝いている時期だと思いますが、私はその中心となる学校生活をいい加減に過ごしてしまいました。
1度きりの人生なのにもったいない事をしてしまったと思います。
親となった今、反面教師という言葉が当てはまるのか分かりませんが、子供たちに同じような時間を送ってもらいたくないため、無意識のうちの言動に表れているようです。
この日記に書いたほど詳しく話したことはないですが、お父さんは高校の頃いい加減に過ごしたから後悔している的な話をします。
また、その上で今の自分の位置は上出来だとも話しています。
この会社に30年以上勤めて、家庭も持てたのは本当に上出来です。